トップ


◇◇ 熊野街道信達宿のふじまつり ◇◇

 

        お 知 ら せ (4/25現在)

 

 

信達宿の野田藤、花房は全て剪定しました。

 

 大阪府下全域に、緊急事態宣言が発令されました!

 

     コロナ終息に「皆んで」しっかり取り組みましょう!



♡ STAY HOME ♡

♡ 頑張ろう! 大阪! ♡

♡ コロナで日本一 それはアカン! ♡

 

 

💛藤の花房は保存会会員の手で、来年の為に全て摘みました!(4月25日)

 

 

💛藤棚の道向かい 鯉のぼり遊泳 藤の香りを吸って爽快!(4月24日)

 

 

💛藤棚の下 降り注ぐパープルシャワー(4月23日)

 

 

💛恵みを求めて クロマルハナバチ軍の到来(4月21日)

 

 

 💛天空に向かって 麗しの野田藤 (4月21日)

 

 

 💛釣瓶井戸から甍を臨む (4月20日)

 

 

 💛中庭の藤 青空に乱れ咲き(4月19日)

 

 

 💛藤棚1丁目の2分咲き藤(4月17日)


 

 💛熊野街道筋の藤浪(4月16日)見頃 

 

熊野街道信達宿藤保存会のホームページへようこそ!

 ここは大阪・泉南市の 熊野街道 信達宿(しんだちしゅく)です。                           その昔、大坂・天満橋から熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)に通じる熊野街道の宿場町でした。 その前は紀伊に通ずる南海道と呼ばれていました。九百年前ごろから甦りの地「熊野詣」が盛んになりました。京から大坂を経て白河上皇以後 歴代上皇・法皇の熊野参詣の宿舎(御所)が置かれ、信達郷御所村とも呼ばれていました。泉南市内には熊野九十九王子のうち、厩戸王子・信達王子・長岡王子がありました。江戸時代には紀州街道と呼ばれ、紀州公が参勤交代で江戸に向かった折の最初の宿場でした。 街道には本陣跡があり、徳川吉宗公の遺品等が今も保存されています。(例年ふじまつりに、併せて公開されてます。)

 ここ梶本家も屋号を”油新”といい、江戸時代には旅籠をしながら油類を商っていました。 ところで、当家先代の梶本昌弘さんが、丹精込めて育てた1本の”野田藤”(樹齢41年)が四方八方に蔓を伸ばし、花房4万を超えるほどになりました。毎年4月中旬頃に開催する「ふじまつり」は、期間中大賑わいをみせます。 姿・色・香の三拍子そろった優雅な空間に、ゆったりと浸ってみてください、きっと癒されパワーが湧いてきます。(2021)